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テスト (Instagramで撮影)

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tumbr test

これはテストです。

Tama zoo (Taken with Instagram at 多摩動物公園)

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Sky (Taken with instagram)

Sky (Taken with instagram)

W杯の1試合には、普段では考えられないくらい濃密な時間が流れているのかもしれない。

 開幕直前、岡田武史監督はコンセプトを根底からひっくり返し、残り1カ月を切った状況で、“突貫工事”を始めた。守備のやり方さえ直前まで定まらず、とてもワールドカップを戦うレベルにはないと思われた。だが、彼らは南アフリカの地で3試合を戦うと、驚くほどの急成長を遂げることに成功する。

 6月24日、E組最終節のデンマーク戦――。

 ルステンブルクのピッチに現れた日本代表は、その10日前にカメルーンと戦ったチームとは別人かのように、アグレッシブで勇敢な集団に生まれ変わっていた。
新たな布陣で臨んだ日本代表は、一気に混乱に陥った!!

 デンマーク戦の序盤は、相手のペースだった。

 その原因のひとつは、この日、日本が新しいシステムを採用したことにあった。岡田監督はデンマーク相手に引き分け狙いの戦いをするのは危険と考え、これまでの3人のボランチを置く「4-3-2-1」ではなく、ボランチを1人減らした「4-2-3-1」のシステムを採用する。

 遠藤保仁と阿部勇樹がボランチを組み、長谷部誠が右MFに、大久保嘉人がトップ下に置かれた。岡田監督は布陣をより攻撃的にすることで、チームに前へ行く意識を植え付けようとしたのである。

 だが、その変更の隙を、デンマークが突いた。

 トマソンがDFラインと2人のボランチの間に走りこみ、フリーでボールを受ける。「ゾーンディフェンスのチームには、DFラインとMFラインの間を突け」というサッカーの鉄則どおり、日本の守備を混乱に陥れた。「もし(3分の)シモン・ポウルセンのシュートが決まっていたら、試合は別のものになっていたはずだ」というオルセン監督のコメントは、決して負け惜しみではない。
すぐにシステム変更を決断した“新しい”岡田監督。

 ただし、選手が大舞台で急成長したように、岡田監督も開幕前の「オカダ・タケシ」ではなかった。前半15分、すぐさまシステムをこれまでの 4-3-2-1に戻し、問題点を修正したのである。

 その直後に、今年何度もリプレイされるであろうFKの場面が訪れる。

 前半17分、本田圭佑が祈りを込めるかのように両手でボールをセットし、左足を振りぬくと、公式球「ジャブラニ」はGKセーレンセンの手から逃れるようにネットに突き刺さった。

 さらに前半30分、今度は遠藤保仁のFKがゴールに吸い込まれ、日本のダメ押し点が決まった。GKセーレンセンは、本田が蹴ると予想したのだろう。日本から向って、極端に左にポジションを取ってしまった。遠藤のカーブボールの餌食になった。記者会見でデンマークの記者から「なぜきちんとスカウティングしていなかったのか?」という質問が出るほど、セーレンセンの対応はお粗末だった。


岡田監督の指示が無くとも、選手達が自主的に動く!

 デンマークは得失点差の関係で、勝たなければE組の2位になることはできない。崖っぷちに追い込まれた彼らは、後半から前線に4人を並べ、ロングボールを放り込む作戦に出た。

 このとき岡田監督は阿部がDFラインに下がって対処するように指示を出したものの、ブブゼラの音によって声がかき消され、選手たちには届かなかった。

 しかし、選手たちは自分たちの判断で、阿部と長谷部をDFラインに下げ、ロングボールをはね返し続ける。後半36分に長谷部がアッガーを倒して PKを与え、1点を返されたが、やられたのはこれのみ。終了直前に岡崎慎司のゴールが決まり、2位争いの行方に決着がついた。

 試合後、岡田監督は選手たちの成長を称えた。

「日本は世界の中で、トップレベルの本気の試合をなかなかできない。多くの選手にとって、本気の相手とやったらどうなるんだろう、という手探りの状況でした。それがW杯でプレーしてみて、『実はこれくらいできるんだ』、『攻撃を無理しちゃうとやられるんだ』、そういうことを選手が肌で感じてつかみ出してくれた。日本はボールをつなぐのが得意ですが、中盤で手数をかけすぎるとカウンターを受ける。そのへんのさじ加減を選手ができるようになったのが大きかったです」
「選手の成長」こそ、グループリーグ突破の最大の要因だ。

 グループリーグを突破できた理由は、ひとつではない。

 高地順化を成功させた杉田正明・三重大准教授、相手の弱点を洗い出した分析チーム、チームの運営を支えたスタッフたち。デンマーク戦後の記者会見で、岡田監督は「全員に感謝したい」と語った。

 だが、何が一番大きかったかといえば、「選手の成長」ではないだろうか。

 先発メンバーの中に、過去のW杯でピッチに立った経験があるのは、中澤佑二と駒野友一だけだった。経験の少ない選手たちが、プレッシャーに打ち勝ち、自分の立ち位置を知ったことで、チームは劇的に変化した。

 試合後、長谷部はミックスゾーンで言った。

「たとえ相手がパラグアイだろうが、もう簡単にやられる気はしませんね。ただ、デンマーク戦で攻撃できたとはいえ、それは相手が先制されて前に出てきたから。この手応えを確実なものにするために、さらに上を目指したいです」

 これまで誰も正確に測れなかった世界との距離を、彼らはもう知っているのかもしれない。

 で、問題はゲームだ。現在日本のゲーム業界は沈没する直前だ。海外のゲーム業界はまだ元気だが日本の状況は大体の場合海外に先行しているので、海 外も遠からず沈没するはずだ。

 大体PS2ぐらいで、もう新しいゲームシステムというものが生まれなくなってしまった。ファミコ ンスー パーファミコンへの進化では表示出来る物量が一気に増えた。プレイステーションやNintendo64でポリゴンの表示が可 能になり、PS2の世代になるとポリゴンの物量が増え計算能力が高まり、戦場で敵兵の群れを切り倒したり、リアルなサッカーの表現が可能になったりした。

 問題はこの先だ。PS3でポリゴンは さらに美しくなったが、そういう美を楽 しむだけじゃ定価6800円分の価値があると思わせることは難しく、表示出来る物量もさらに増えたがゲームシステムに活かす方法はあまりなかった。たいし て新しい体験を生み出せないまま、リアリティのある戦場でドンパチするようなゲームばかり市場に氾濫した。美しい映像を作るのに人手が多く必要になり、一 本のゲームの制作に必要な費用は増えたが、売れる本数は変わらないかむしろ減り、回収は難しくなった。

 任天堂は それを見越して、 別の方向に進化の舵を切った。ポリゴンを美しく表示するようなことから離れ、タッチペンをつけて「脳を鍛えるDS トレーニング」であるとか、Wiiリモコンを 振って運動して遊ぶ「Wiiスポーツ」 やバランスボードの上で運動する「Wiiフィット」のような実用的なゲームを売り出し大ヒットさせた。

 ただ、実用的なゲームにも別にその先があるわけでもない。運動が長続きする人なんて元々少ない。実用ゲームといえども飽きられたら終わり だ。任天堂は新しい 体験を生み 出すことで新たな市場を作ってきたわけだが、今度作ったゲーム機はNintendo 3DS。右目と左目に違う映像を見せて脳内で合成させて立体的にみせるという技術を使うことで、ポリゴンがさらに立体的に見えるようになる。また、ポリゴ ン表示能力も大幅に増強されている。

 普通のゲームをより美しく見せようとする方向に戻った、のだと思う。ゲームで運動することにも脳を鍛えることにも興味のない一人のゲーマー としては喜ばしいのだが、その道はもう袋小路だ。

 ひとりで遊ぶゲームの現状はこのような感じだ。しかしゲームはコンピュータで行うものであり、ネットワーク上のゲームは今もどんどん広がっ ている。

 余暇の時間がインターネットに食われていき、TVの視聴率は下がり続けている。インターネットの中でそのメディアがどれだけ浸透出来るか、 そのメディアを愛好する人々のコミュニティをどこまで活発に出来るかによって明暗は分かれる。引用の問題から、音楽はインターネットに浸透しにくく、マン ガは浸透しやすい。インターネット上でただくっちゃべる、批判する、といった言論行為も非常に楽しいもので、お金もかからないのでそこにもどんどん時間が 費やされている。インターネットを受動的に見るものから、コミュニティに属し、参加し、自分も表現を行う、というふうになると俄然楽しくなるし、費やされ る時間もどんどん増える。

 ゲームは非常に引用しにくい。ゲーム画面をキャプチャして引用することでいろいろなことが伝わるのだが、キャプチャ機器を持つ人は少なく、 ゲームから現れる状況はプレイヤーによって異なり自分が体験した状況が画像としてライブラリ化されている可能性も少ない。引用して話すということに関して ゲームはあまり向いていない。

 ただコミュニティ全体がゲームに参加している、MMOのようなシステムの場合、引用して話し合う必要すらなく、同時に同じものを体験出来た りする。ネットワークのコミュニティとの親和性ということに関してゲームの右に出るメディアはない。ネットゲームはこれからどんどん大きな存在になってい くはずだ。だが一人用のゲームは、インターネットとの親和性も低いしネットゲームとも直接競合してしまう。インターネットの進展によってどんどん廃れて行 くはずだ。

 現在の日本のゲームのおかれた状況は厳しい。PS3の ような高性能路線についていくのは難しいし、 Wiiでは普通のゲームはあまり売れない。かといって運動するようなゲームを出しても、それは任天堂製の出来がよいのが 既にあるので売れない。

 なのでNintendo DSやPlayStaion Portableのような携帯型ゲーム機に一人用ゲーム開発の軸足は移っている。携帯型ゲーム機には、ゲーム機を持ち寄って通信させることでその場でネッ トワークを形成し、ちょっとしたネッ トワークゲームが出来るという特性がある。

 それは物理的に近くにいる人とのコミュニティでありとても大事なものではあるが、インターネットの多人数の同好の士と作り出す濃いコミュニ ティがどんどん進展してくる中で相対的に弱くなっていく分野であるように思う。

 また、携帯型ゲーム機は電車の中で待ってる時間に遊んだりするのに都合がいいが、この分野は携帯電話にとられてしまうだろう。また、携帯電 話は近くにいる人だけのネットワークでなく、直接インターネットと繋がることが出来る。携帯型ゲーム機のネットワーク機能より遥かに上なので、ネッ トワークゲームにおいても携帯型ゲーム機では勝てない。今のところは価格やゲームの遊びやすさで携帯型ゲーム機が上を行っているが、携帯電話に食 われるのは時間の問題だろう。

 一人用の暇をつぶすためのゲームの需要は残るし、実用ゲームの需要も残るだろうけれども、それは携帯電話で実行されるだろう。携帯電話や PCを使ったネットゲームが増えるだろう。ゲーム専用の機械は、需要の大半を失う。そして一人用の本格的なゲームというのが、いまは携帯型ゲーム機に逃げ てきているのだが、それは携帯電話で生きながらえることが出来るのか。コンピュータの性能の向上がゲームの質を向上させることはもうあまりなく、性能が向 上した携帯電話をハイビジョンテレビにつなげば十分という世界が遠からず来ると思われる。ただ、そこで行われる一人用本格ゲームは、携帯電話で低解像度で 遊べるものをわざわざTVに接続してド迫力で見せるようなものになるわけだが、大画面TVでみなきゃ良さが分からないようなゲームが携帯電話の市場で競争 力を持てるのか。そういう好事家に向けて、金のかかった高いゲームを売るという商売が成り立つのか。一人用本格ゲームに未来はあるのか。というところが非 常に不安だ。

 3DSはそういった移行期の、一人用本格ゲームをメインにした最後の世代の機械として、携帯電話への移行をなんとか妨げる役目を帯びたもの になる。ゲーム機とともにあったゲーム業界のしんがりであり、世の中の移行に付いていけないゲーム開発業者の最後の砦となるものだ。それが終わるときに、 既得権益にまみれた日本のゲーム業界は業界ごと沈没するんだろうと思う。

著作権と3DS - 山に生きる (via ssbt) (via zaiga) (via sirchronofrost) (via yaruo) (via ideaaedi) (via macotoi)

「本日いらしているお母さんお父さん方は、なんでお子さんがTVゲームに『ハマる』のか、全くわからない方がほとんどだと思います。今日はその辺りについて、TVゲームを作っている側のワタシが、その仕組みについて解説させていただこうかと思っています。なにせ、子供をゲームにハマらせようと、あれこれ知恵を絞っている悪人(笑)というか張本人なワケですから、これ以上に的を射た話はないと思いますよ。それではご静聴よろしくお願い致します。

「まずお話を始める前に、ちょっと皆さんに質問をさせていただきたいと思います。よーく思い出してから答えてくださいね。――昨日、お子さんを『褒めた』という方、いらっしゃいましたら挙手願えますか?それじゃあ、もうちょっと範囲を広げて、今週、お子さんを『褒めた』という方?

「どうやら、あまり多くはないようですね。いや、なんでそんな質問をさせていただいたのかというと、実はここに、子供がゲームにハマる本質があるんですよ。最初っから手の内バラしちゃってますけど(笑)。

「実はTVゲームというのは、遊んでいる人間を『褒める装置』なんです。問題を出して、成功したら褒める。失敗したらペナルティを与える。我々はこれを『ゲーム性』と呼んでいますが、これがまさに、TVゲームという装置の本質なんです。

「誰だって、褒められれば嬉しいですよね? ところが実生活では、褒められる体験というのはあまりにも少ない。お母さん方、お子さんを叱ってばかりいませんか? 『またイタズラばかりして!』とか、『悪い点ばかり取ってきて!』とか。叱る方ばかりが多くなって、褒める方というのはついつい疎かになりがちです。

「でも、ゲームを作っている我々は、なるべく『褒めよう褒めよう』と思いながらゲームを作っているんですよ。毎日褒めたい。毎回褒めたい。出来れば『10秒に1回』、いや『60分の1秒に1回は褒めたい』、そう思いながら、プログラムを作っているんです。さすがに親御さんでも、60分の1秒に1回褒めるのは難しいでしょう(笑)。疲れちゃいますもんね。でもゲームというのはコンピュータですから、疲れずに褒め続けられるんです。

「とは云っても、褒められるだけじゃ飽きちゃいますよね。人間というのは刺激に慣れる習性がありますから、褒められ続けると『またかよ』とウンザリしちゃう。そこで我々は、出来る限り色々な行動に対して褒めようと、手を変え品を変え、色々なバリエーションを用意しているワケです。

「例えばさっき、『またイタズラばかりして!』と云いましたけれど、我々は、同じイタズラでも、創意工夫のある『褒められるべきイタズラ』というものがあると考えてます。大人からしたら、どう見てもイタズラはイタズラで、叱るしかないんですが…というかワタシだって叱りますけど(笑)、でもゲームの中では、創意工夫に対して褒めてあげる。これは、実生活ではあまりないコトですし、だからこそ、子供が惹き付けられるんですね。

「そしてもう一つ、ちゃんと叱ってあげる、というのも重要です。『ちゃんと叱る』というのは、実はすごく難しいコトなんです。子供がハマるよく出来たゲームというものは、ちゃんと叱るのが上手いゲームなんです。ここでは『叱る』と云ってますけど、要は『ペナルティを与える』というコトですか。『なんで失敗したかを理解させながらペナルティを与える』これはとても難しいコトなんですけれど、それが出来れば逆に『褒める』コトも活きてくるワケです。『褒める』と『叱る』とがペアになると、ものすごい威力を発揮しますね。

「ここで注意していただきたいのは、あくまでも『褒める』のがメインだというコトです。よく出来ていないダメなゲームのコトを『クソゲー』なんて云いますが、クソゲーの大部分は、叱るのが下手だったり、褒めてくれなくて叱ってばかりのゲームだったりします。あるいは、絶対に達成出来ないような目標を与えて、全く褒めてくれないゲームなんかもそうですね。子供はクソゲーに見向きもしませんから、やっぱり『褒める』のが重要だというコトです。

「クソゲーと云えば…たくさん褒めてくれるゲームであっても、クソゲーと呼ばれて、子供が見向きもしないモノがあります。それは『ルールがはっきりしない』モノです。褒められたんだけど、なんで褒められたのかわからない、とか、さっきは褒められたのに、今度は褒められなかった、という類のモノですね。子供は不公平に扱われるコトに対しては敏感ですから、こうしたモノは好みません。最近では少なくなってきましたが、昔はこうしたクソゲーがたくさんありました。

「お母さんお父さん方、その日の気分によって叱り方や褒め方を変えてはいませんか? それではまるでクソゲーと一緒で、叱っているコトにも褒めているコトにもなりません。むしろ、子供を混乱させるだけです。そうした態度を取れば取るほど、子供は、良く出来たゲーム、つまり『ちゃんと褒めて、ちゃんと叱ってくれるゲーム』に向かうコトになるでしょう。

「それでは、今日はこの辺にしておきましょう。なんだか、どこかで聞いたような教育論っぽくなってきましたけれど、これは、子供向けゲームを作っているワタシの実感として、同じ結論に達しているというコトです。

「次回は、親御さんが『子供とゲーム』に対してどのような態度を取るべきか、ゲーム制作者としてのワタシの考えを述べさせていただきたいと思います。本日はご静聴ありがとうございました」

ステップ数はできるだけ少なく

これはiPadに限った話ではなくiPhone、ひいてはタッチインタフェースのプラットフォーム全般に言えることですが、マウスなどで操作する PCよりも 操作の1ステップの重みが遥かに重い です。少しステップ数が多いだけでストレスを強く感じるのは、例えばiPhoneのTwitterクライアントを使い比べた方などは経験されているのでは ないでしょうか。

タッチはマウスよりも直感的で、狙うとか外すといった要素がほとんどありません。
例えば「ボタンを押す」という操作は1ステップに見えますが、 マウスであれば「カーソルをボタンの位置に正確に動かす」というステップが暗黙の内 に含まれています。 しかも大抵は1ストロークで狙った位置に動かせるわけではなく、ミスや微調整がそこに加わります。ところがタッチであれば、狙ったボタンを一発で押すこと ができます。

つまり動作自体にミスがほとんど介在しないため、マウスより圧倒的に操作のリズムが速くなります。それだけにステップが増えたり、1つのステップに 時間が掛かったりすると大きなストレスを感じます。タッチインタフェースのプラットフォームにおいては、 ステップ数の多寡がユーザ体験の良否に直 結します。

透明な募金箱には、あらかじめ見せ金を入れておく。
すると、募金の集りがよくなることがわかっている。
 
路上パフォーマンスでは、サクラを使って盛り上げる。
周囲もノリやすくなるからだ。
 
書籍を売りたければどうするか?
「一番の売れ行き」とか「伸び率最高」というPOPをつければいい。
書籍が良いものであることを説明する必要はない。
多くの人が買っていることさえ、伝えればいい。
 
自分で何を買うかを決められる人は、全体の5%だけ。
残りの95%の人は、他人のやり方を真似する人たちです。
                   キャベット・ロバート
 元東宮職関係者の証言として掲載されているこの「ドロボー発言」、男子児童の一人が「税金ドロボー」とはやし立てると、仲間児童も「ドロボー、ドロボー」と愛子さまをなじったという。これは愛子さまでなくても子どもにとっては、ショックな出来事だろう。

 はっきりいって小学3年生が自発的に思いつく言葉・発想じゃない。しかも昨年来からということは、2年生の時の発言というから尚更だ。天皇制や皇室のあり方について、いろんな考えをもつ保護者や関係者がいてもいい。学習院だからといってそれは変わらない。

 しかし本質を理解できるとは思えない年齢の児童に、吹き込むのはいかがなものか。教育の退廃という以前に、社会全体の退廃だろう。